6-2

 ぬるま湯のように平穏な日々が永遠に続くと信じられるほど子供ではなかったのに、終わりが来ることをどこか他人事のように思っていた。


6.秘密の裏側(2)


 放課後、向こう側の校舎の廊下を哀と光彦が並んで歩く姿を目撃して、胸が締め付けられるような痛みが胸を走った。別のクラスの彼らがなぜ二人きりで親しげに歩いているのだろうか。そんな感情を否定するように、コナンは彼らが見えた窓から目を逸らした。

「コナン君、眉間に皺が寄っているよ?」

 いつの間にか隣に立っていた歩美が同じような顔を作ってコナンを指摘し、コナンははっと我に返った。

「ちょっと考え事をしていただけだ」

 いつもの笑顔に戻り、歩美に手を振って教室に戻った。今のことは忘れてさっさと家に帰ってしまおうと思った。



 最近元太と光彦の俺を見る視線が厳しい、とコナンが言うと、哀が隣でクスリと笑った。

「バレてるんじゃない?」

 工藤邸のコナンの寝室で、哀と二人きりで会うのは週に一、二度程度だ。こっそり会う度にこうして肌を重ねるようになってもう二年になる。始まりの激情は今でも思い出せるけれど、痛みが伴うのでそれ以上は考えないようにしていた。

「バレたら困るだろ」

 ベッドに伏せて枕に顔を押し付けたまま低い声でコナンが答えると、同じ布団にくるまってこちらを向いている哀が手を伸ばしてコナンの髪の毛に触れた。華奢な指先は、日頃の言動とは真逆でひどく優しい。
 そんな哀を横目で睨み、コナンは寝返りを打って哀を向き、その身体を抱きしめた。布団の外の空気とは違って、その体温はとても温かい。
 目を閉じると先日に目撃した光景が浮かぶ。

「灰原、おまえさ…」
「何?」

 コナンの胸の中で涼しげに訊き返す哀の声に、どきりとする。一体自分は何を言おうとしたんだろう。
 この名前のない関係で、彼女を縛ることなんて出来るわけがないのに。

「…なんでもない」

 言葉にならない想いを隠すように、哀を抱きしめる腕に力を込めた。



 十二月になると推薦入試を受ける生徒も出てきて、クラスは一気に受験モードとなる。二学期の期末試験も終わり、その最終日はいつもの五人で集まってファストフードでハンバーガーをかじった。

「やっと終わった…」

 げっそりとテーブルにうなだれる元太、テストの答えを確認し合う歩美と光彦、他人事のようにコーヒーを飲む哀。いつもの光景だ。思えば五人で集まったのは久しぶりだった。

「ねぇ、コナン君は志望校決めた?」

 テーブルに頬杖をつきながら歩美がまっすぐこちらを向いた。

「ああ、帝丹を受けるよ」
「やっぱりなー。コナンは頭いいからよぉ」

 元太がポテトをかじりながら言う。不思議とその言葉に嫌味はない。表向きリーダーシップを取りながらもなんだかんだコナンのことを認めているのだろう。

「ボク達が小学生だった頃、蘭さんが帝丹の制服を着ていましたよね。懐かしいです」

 何の前触れもなく、光彦が蘭の話題に触れ、コナンは口元に笑みを浮かべた。

「そうだったな」
「あの頃、コナンは探偵事務所に住んでいたもんなー」
「蘭おねえさんの花嫁姿、綺麗だったな。元気にしているのかな?」

 三人にとっても蘭の存在は大きかったようで、しばし思い出話を咲かせていた。

「俺の誕生日にプレゼントを持ってきてもらった時以来会ってねーけど、元気だと思うよ」

 コナンが淡々と言う。

「あ、哀ちゃんは志望校どうするの? やっぱり米花女子?」

 不意に歩美が話題を変えた。それまで聞き役に徹していた哀が戸惑いながら口を開きかけ、ちらりとコナンを見た。そしてもう一度視線の先を歩美に戻す。

「ごめんなさい、なかなか言い出せなかったんだけど」

 コーヒーをテーブルに置いて、言いにくそうにつぶやいた。

「実は推薦で、米花女子に行くことが決まったの」