4-3

 それは自分にとって不都合な感情を排他的に扱ってきた罰なのかもしれない。


4.虚飾ボーイ(3)


 修学旅行二日目の午後は班行動だった。
 京都の祇園四条や八坂神社などを自分達だけでまわる。京都のお土産を見たり、人通りの多い街中に溶け込んでみたり、引率者のいない自由さは自分たちを少しだけ大人にさせる。
 歩美は土産屋でちりめんで出来た熊のキーホルダーを手に取った。

「あ、歩美ちゃん。それ可愛い」

 横から同じ班のクラスメイトが歩美に声をかけた。

「誰かとおそろいで買うの?」

 色違いのキーホルダーを二つ持つ歩美を、クラスメイトは見逃さない。

「うん」

 歩美は別のクラスにいる小学校からの親友を思い浮かべる。彼女に合わせて選んだ熊の色は、淡い緑色だ。

「もしかして、彼氏?」
「ち、違うよ!」

 思いがけない質問に、歩美は顔を赤くしてたじろぐ。

「なぁんだ。歩美ちゃん、彼氏いないの?」

 遠慮のない問いかけに、歩美は目を伏せて笑った。

 土産屋を出て、歩美の班は四条大橋を渡って繁華街である四条河原町に向かう。橋のふもと、鴨川の河原には何人かが佇んでいる。そこだけ時間の流れが違うみたいだ。
 その光景の一か所に歩美は気付き、歩く足を止めた。橋の上からその異空間を凝視する。

(哀ちゃん…?)

 先ほど熊のキーホルダーを選びながら思っていた親友が、その景色に紛れこんでいた。同じ制服を着ているのに、日本人離れした茶髪と大人びた雰囲気で、とてもじゃないけれど修学旅行生には見えない。
 哀の向こう側に座る影が見えて、歩美の心臓の奥側がドクンと脈打つ。
 本当は哀を見た瞬間から知っていた。気付いていた。
 でも見たくはなかった。

「歩美ちゃん、どうしたの?」
「早く行くよー」

 先に歩いていたクラスメイトが振り返り、歩美を呼ぶ。

「あ、ごめん」

 歩美は川のふもとから目を逸らし、もつれそうになる足をどうにか動かして走った。

(…コナン君)

 二人は別のクラスで当然別の班なのにどうして、なんて今更だ。
 だけど歩美にも後ろめたさがあるので、そのことに触れることは出来なかった。



 その夜、女子の部屋も恒例の恋バナ大会に突入する。

「ねぇ、歩美ちゃんは好きな人いないの?」

 食事も入浴も終わり、ラフな格好で布団の上に転がってガールズトークが繰り広げられ、気付いたら話題の矛先は歩美に向いていた。

「えっと…」

 思わず顔が赤くなる。

「あ、その顔はいるんだ?」
「誰? いつも一緒にいる子達の誰か?」
「もしかしたら江戸川君じゃない?」

 きらきらと目を輝かせた女の子達に、歩美はうつむいた。
 彼らに出逢って八年間、多くの事件に巻き込まれ、色々な思いをしてきた。恐怖に向き合った時に優しさを向けられた時の嬉しさ、守られた時の安心感。そして自分には向かうことのない好意への嫉妬、受け入れられなかったやり場のない気持ち。

「でも私、振られたから」

 うつむいたまま歩美が静かにつぶやくと、もう誰も興味本位でまくしたてなかった。
 昼間の光景が蘇る。川のふもとで佇む二人の空気。
 人を好きになることでこんな気持ちになることがあるなんて、無邪気な頃は知らなかった。