人と人を結ぶ何かは、時間とともに消えていくとても儚いものだと知った。
2.不明確な未来
始業式の朝、同じ制服の集団が機械のように正門に入っていくのをぼんやりと見つめながら、自分もその中の一人だと知る。そんな些細な事実に落胆してそれでも同じように校舎に向かって歩いていくと、一つだけ光って見えた後ろ姿があった。吉田歩美はそれを見逃さない。
(コナン君…)
小学一年生の時からの幼馴染は、人混みに紛れてもよく目立っていた。みんなと同じ制服を着ているはずなのに、中身から溢れ出るオーラが違う。歩美の目にはそれはとても輝いて見えた。
容姿端麗で頭がよくて、スポーツも出来る。欠点など見つからないのは、惚れた弱みでも何でもない。
幼いころはただ単にかっこいい、の一言で済まされたものが、今ではもう人間離れしている。もう別格だ。
眠くなるような普遍的な始業式が終わり、歩美は新しいクラスメイトの顔ぶれが揃う3年A組の教室のドアを開ける。
「あ、歩美ちゃん」
ドアの近くの席に座っていたコナンが、新しい黒縁眼鏡の奥の目を細めた。それだけで歩美の胸が高鳴る。
「コナン君、おはよう。中学になってから同じクラスになるの、初めてだね!」
「そうだな、よろしく」
推理小説を手に持って静かに微笑むコナンは、出逢った頃の雰囲気と少し変わり、更に大人っぽくなった。落ち着き払ったその雰囲気こそがクラスの中で人目を引いている。クラスの端で騒ぐ男子とは大違いだ。
そんな彼が人気者になるのはあっという間だった。だけどコナンは気にも留めず、少年探偵団以外の生徒と自ら積極的に関わろうとはしない。そんな事実に歩美はどこか優越感を覚えた。
だからといってコナンは自分のものにはならないし、胸の痛みは消えないけれど。
コナンの席でしばらく談笑を続けていると、担任が入ってきてホームルームが始まった。
山本と名乗った女の担任は、二年目の教師で今年二十四歳になるそうだ。
担任の自己紹介の後にクラスメイトの自己紹介が続き、それらが終わってから配られたのは進路調査票だった。
「受験かぁ…」
紙コップのコーラをストローですすりながら、元太が遠い目をしてつぶやく。
「いよいよ現実味が帯びてきましたね…」
テーブルに置かれた進路調査票を見つめる姿勢のまま、光彦がうなだれる。
歩美とコナンは同じクラスになったが、他の三人は別のクラスになってしまった。それでも始業式が終われば当然のうようにこうしてファストフードに集まって、昼食を摂る。そんな時間が歩美は好きだ。
無機質な進路調査票に、歩美の胸にも焦燥感を広がる。ふと隣を見ると、哀が冷めた顔でコーヒーを飲んでいた。目の前に座るコナンもどこか他人事のようだ。こんなときでも慌てない彼らは確かに格好いい。
格好いいけれど。
(仲間、なんだけどな…)
いつだって五人で過ごしてきたはずなのに。
思えば最初から、コナンと哀の間に流れている空気は、歩美達のそれとは違った。
コーヒーを飲む哀の横顔はとても綺麗だ。女の歩美でも見惚れるほど。
「吉田さん、どうかした?」
じっと見すぎていただろうか。その視線に気付いた哀がふと歩美に顔を向けると、慌てて歩美は首を横に振る。
(私のほうが早くコナン君に出逢ったんだけどな)
二人とも転校生で、コナンのほうが数カ月早く歩美達の通う小学校にやって来た。
それでも同じ雰囲気を持つ二人が似合いすぎて、歩美の焦燥感は更に積もっていく。だけど、哀を恨むことなんてできない。
「ねぇ、哀ちゃんは受ける高校決めたの?」
無理やり明るい声を出して歩美が訊ねると、哀は頬ぼえをつきながら答える。
「米花女子かしら」
え? と声を発したのは、歩美ではなくコナンだった。
推理している時とは違う、目を丸くしたどこか幼い表情で、哀を見つめている。
それにすら嫉妬に近い感情を覚えて、それでも歩美はやっぱり敵わないと思う。自分の行く方向を自分で決める彼女は、やっぱり大人なのだ。
歩美には、まだ未来が見えない。この想いの行く場所も。