コナンはいくつかの人格を持っている。それは医学的に診断される疾病や障害ではなく、あくまで光彦からの観点によるものだ。
事故に遭ったコナンが帰って来てから一年経った中学三年生の夏休み、光彦の目の前でコナンは倒れた。
「……コナン君?」
図書館からの帰り道だった。
暗くなり始めた空に花火が舞っている。色とりどりの光は蒸し暑い日々を散らすようで、心地よいものであるはずだった。よろめいたコナンにシャツの袖を掴まれるまでは。
光彦、と弱々しい声でコナンは光彦を見上げた。眼鏡のレンズに花火が映る。目の前に映る彼は誰なんだろう、と光彦は思った。
あんなにも好奇心旺盛だった小さな名探偵はもういない。図書館で過去の記事を読んでいるコナンは、過去の彼とは違う。だって、親戚であったはずの工藤新一についても忘れてしまった。
掴まれた袖に込められた力が強くなればなるほど、失望が大きくなる。
「助けて」
遠くから舞う地響きに、コナンの声が紛れ込んだ。
「あいつを、助けて」
レンズを介したコナンの瞳の色が、あらゆる色を吸収して光を取り戻していくようだった。目の前にいる男は、いったい誰なんだろう。
「あいつって……、誰ですか」
額に冷や汗を滲ませたコナンに冷たく問うと、コナンは信じられないというような表情で、光彦を見上げた。
「はいばら」
震える唇から漏れ出た固有名詞を聞いた光彦は、思わず掴まれた腕を払ってしまった。その拍子にコナンはその場に座り込む。
その衝動に驚いたのは何より光彦自身で、慌ててその場にしゃがみ込んでコナンの肩に触れた。
「すみません、コナン君! 大丈夫ですか?」
どの口が言っているんだろう、と光彦はさらに感情を迷わせてしまった。
昼間に受けた熱を持ったままのアスファルトに座り込んだコナンは、ぼんやりと光彦を見上げる。
「灰原を助けられなかった……」
焦点の合わない声が、光彦の腕をざらざらと撫でていく。
頭の高さを低くしたことで、火薬の匂いが薄まった気がした。花火はクライマックスに向かい、間を置かずに上がり続けている。足元から感じる音も通行人の歓声も、膜を隔てたように遠かった。
「君は、いったい誰ですか」
子供の頃からの疑問を口にする。
大人びた言動も、憂いを伴う表情も、それを理解できたのはきっと灰原哀だけだった。あの頃を懐かしいと思うには、あまりにも濃度が大きすぎて窒息しそうになる。
光彦の問いに対し、不格好に座り込んだままのコナンは口元に笑みを浮かべた。大胆不敵な、探偵だと名乗る幼い頃を思わせる顔だった。
「工藤新一」
ドドドン、と最後の花火が夜空に舞った。
(2023.5.1)コ哀の日おめでとうございます