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 転校してから二週間が経っていた。哀は目の前にいるコナンの背中を見つめながら廊下を歩く。

「なあ」

 階段を降りたところでコナンが立ち止まり、振り向いた。
 期末試験の影響は、昼休みの廊下にまで及んでいるらしい。生徒の声が響かない十二月の廊下は、しんと冷たい。

「プリント、俺が全部持っていこうか?」

 コナンの提案の意図をつかめず、哀が訊き返すと、もう一度同じ言葉が返ってきた。

「私が頼まれたものだから、私が持っていくわ。職員室の場所ももう分かっているし」

 しどろもどろ答える哀を、コナンがレンズの向こうからじっと見つめている。それは過去に見たものとは違い、哀自身を探るような瞳で居心地が悪い。
 結局コナンは哀にプリントを押し付ける事なく、だからと言って全てを引き受けるわけでもなく、哀の横を歩いた。
 教室は学生にとっての小さな世界だ。普段関わりのないクラスメイトと過ごすという苦痛を、コナン相手になぞっていく事に小さな失望を覚え始めた時、ふいにコナンが「灰原」と呼んだ。
 一方的な再会を果たしてから、コナンに名前で呼ばれたのは初めてだった。

「な、何……?」
「おまえって、光彦と仲いいんだな」

 コナンの視線は相変わらず冷淡なもので、尋問みたいな声から逃げるように哀は両手で持っていたプリントをぎゅっと握った。

「同じ小学校だったからよ」
「帝丹小学校、だろ」

 コナンが立ち止まる。職員室からは二人組の女子生徒が「失礼しました」と出てきて、静かに廊下を歩いている。
 真新しい上靴を履いた足元がおぼつかず、哀はぐっと喉元に力を入れると、コナンが言葉を続けた。

「俺とも同じだ」

 コナンは全ての記憶を失っているわけではない。狙いだけをろ過させたように、哀の存在だけがすっぽりと抜け落ちている。
 誰よりも真実に執着するコナンが、これだけの鍵を得て真実に近づかないはずがない。

「そうよ」

 哀が答えると、コナンは片頬だけを歪ませて笑い、職員室のドアを開けた。蛍光灯の白い光がチカチカと目に沁みた。





 三年前の夏は、哀にとって転機が重なった季節だった。
 期末試験が終わり、夏休みを待つだけの七月の放課後。哀の歩く細い歩道のすぐ横に、黒いセダン車が停まった。
 黒というカラーにはいつになっても畏怖心を抱かずにはいられなかったが、回避できるはずもなく、恐れを隠したまま哀が歩幅を保って歩き続けていると、その車はゆっくりと哀についてきた。どう考えても、哀への用件を忍ばせた速度だった。

「ちょっと道をお尋ねしたいのですが」

 乗用車にはスーツを着た男二人が乗っていた。刑事にも見えたし、堅気ではない職業の人間にも見えたし、しただの民間企業の営業だと言われても納得できるような風貌でもあった。窓越しで道尋ねという古臭い手法を取る男達に、哀は訊ねた。

「どこに行きたいの?」

 雲一つない空から差す西日がじりじりと痛い。汗ばんだ手のひらで、肩に掛けたスクールバッグの紐をぎゅっと握った時、助手席の男が言った。

「失礼、正確に言うと道を尋ねたいわけではない」

 哀のすぐ後ろをランドセルを背負った子供達が無邪気にはしゃいでいった。停車した車を邪魔そうに追い越す車がいくつも走っていくのに、哀のいる場所だけが周囲とは遮断されたような心許なさを覚えた。

「お尋ねしたいのは、君達の身体、そしてそうなった原因である薬物についてだ」

 スーツを着た男は、人の好い笑顔でそう言った。



(2022.11.16)

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