寝返りの気配と共に素肌が体温に包まれ、哀はうたた寝から目を覚ました。
「江戸川君……?」
目を擦りながら顔だけコナンに向けると、抱きしめられる腕の力が強くなった気がした。
「悪い、起こしたか?」
肩元にコナンの吐息が触れ、くすぐったさに思わず身をよじってしまった。眼鏡を外したコナンは三年前と同じように幼く見える。十七歳という年齢。だけど、眼鏡を外したところで彼は工藤新一にはなれない。
哀は寝返りを打ち、コナンを抱きしめ返した。二人で横たわるダブルベッドの向こうには、コナンがアメリカから持ってきた黒いキャリーケースが置かれている。
「眠れないの……?」
哀が訊ねると、コナンは力なく笑った。
「なんでだろ……、やっとおまえに会えたのに」
腕の中にあるコナンの肩が、小さく震える。
「俺は俺を分からなくなる。考え出すと止まらないんだ」
いつかのキャンプを思い出した。カメラを向けられた時に発されたコナンの言葉。それはコナンの奥深くに眠った本音の一つなのだろう。
意図せずに終焉したひとつの人生と、構築された新しい世界。その狭間を器用に泳ぎながらも、襲われる荒波にもがいていたのだろう。
でも、とコナンは言う。
「今なら、いくつもの自分を悪くないと思えるよ」
髪の毛を撫でられる感触に、コナンの低い声が静かに混ざっていった。
先ほどまで静寂さに包まれていた室内には、今では昼間の気配が漂い始めている。視界の端に映ったデジタル時計の点滅から逃れるように哀はコナンの胸元に顔をうずめると、コナンはふっと笑った。
「哀」
今までになかった呼び方が、皮膚の上を撫でていく。
「……哀」
布団とシーツの布擦れと古いベッドの軋みが静かに音を立てる。
そうか、と哀は思う。三年前に粟立てた肌は、甘い感情とともに形状記憶を残していた。打ち付ける環境が変わろうと、まっすぐに佇む芯の強さ。
もう一回するか、というコナンの問いかけに、時間がないわよ、と哀は笑い返す。浅い眠りに就く前に、三年前に訪れた呉服屋に行ってみようと提案したのはコナンだった。
タイムリミットは必要ない。未来は自分達の手にある。
帰るべき場所にようやく帰ってこられたのだ。
(2023.5.6)