「なんや、それ?」
封筒を手に持ったまま微動だにしない志保を怪訝な顔で見ながら、服部はおずおずと口を開いた。
「…分からないわ。手紙みたい」
「工藤からやな」
服部の言葉に、志保は顔をあげた。服部はコーヒーを飲みほし、席を立つ。
「ほな、俺も人の手紙見るほど野暮やないし、そろそろ行くわ」
紙袋を持ち、キャップをかぶり直す服部を見て、志保は、
「待って…」
思わず声をかけた。
「なんや?」
「………」
服部の表情はキャップ帽のツバが影になってよく見えない。頭に浮かぶのは何故か志保の家でキスをした後の、新一の困ったような、優しくて儚い笑顔だった。
「…私、どう償えばいいの? 工藤君の人生を壊してしまったのよ」
「壊れたかどうかは工藤本人が決めることやで。まずは腰据えて話した方がいいんちゃう?」
そう言い残して、今度こそ服部はカフェを出て行った。志保は座ったまま、テーブルに置かれた本と封筒を黙って見つめる。それを開ける勇気なんてなかった。
それを宝物のように思ったのはつかの間だ。例えばそれが別れを告げる言葉だとしたら立ち直れない。
そろそろ休憩も終わる。まだ仕事が残っていることで余計なことを考えなくていいことにほっとした。
しかしこんな日に限って仕事は早く終わってしまうのだ。家に帰り、志保は鞄を床に投げ捨ててコートを着たままベッドに潜り込んだ。
新一は仕事関係でアメリカに渡ったのだろう。探偵業だろうか。何か危ない事に関わっているのではないだろうか。組織の一件で危険な目に遭ってもう懲りたのかと思えば彼の無鉄砲さは変わらない。時々呼び出される目暮警部から聞く新一の噂はいつも波乱万丈で、聞いているこっちが寿命が縮まりそうだった。
きっと新一は、そんな話すらあの幼馴染にはしていなかったのだろう。彼の優しさは残酷だ。キスだけ残して行ってしまうようなその優しさは、遥かに志保の心を抉った。
こんなに罪に苛まれるのに、この気持ちを気付かれていた事に安堵してしまったのだ。それを否定されないということで存在を認められる気がした。
どうして何も言わずに行ってしまうの。まるで自分のものではないような感情がこみ上げる。それは自分の意思で新一から離れた時よりも強烈に、まるで宇宙の中たった独りぼっちになってしまったような孤独感が志保を襲った。
涙がこみ上げる。まさかこんな、一人部屋で涙を流すような女になった覚えはない。志保はのろのろとベッドから出て、乱れた髪の毛をそのままにコートを脱いだ。床に投げ捨てられた鞄から、本を取り出す。そしてそこに挟んだひとつの封筒。
深呼吸をし、細い指で恐る恐る糊を剥がしていく。中には一枚の紙切れが入っていた。
それを見て、志保は目を見開いた。
Will you marry me?
今更訳すような文章でもないのに、志保は何度も意味を考え直し、そして最終的には新一の頭がおかしくなったのではないかと考え始めた。想像していた最悪な展開ではないことに安堵することより、疑問の方が強く残る。
もしかしたら言う相手を間違っているのかもしれない。そう思い立つが、手に持った封筒の宛名には自分の名前が記されている。
―――まだ付き合ってへんの?
服部の言葉が浮かんだ。
冷たいキスを思い出す。更に涙が溢れた。