Letters 3-8

 何の感慨もなくクリスマスと正月が過ぎ去っていき、世の中の新年への期待や高揚感が薄れてきた頃、博士が志保に電話をかけてきた。

『実は新一君が服部君から借りたままの本があったみたいでの。今度服部君が東京に来るからその時に返したいんじゃが、生憎ワシは都合悪くてな。志保君、悪いんじゃが、服部君に返してくれんかの』

 相変わらずの新一に対し、なぜ自分がという問いが喉元まで出かかった。いなくなってもこうして上手く利用するのはやめて欲しい。そうでなくても新一の名前を聞いただけで、胸が締め付けられるような痛みが走るのに。
 しかしやはり博士に対しては断ることも出来ず、本を借りられたままの服部に同情したのもあって、服部と連絡をして志保の職場の近くのカフェで会うこととなった。

「よぉ、姉ちゃん。久しぶりやなー」

 先に着いて本を読みながらコーヒーを飲む志保を見つけるなり、服部は無邪気に笑った。会うのは六年ぶりだが、その焼けた肌もキャップ帽を被る姿も、変わらない。
 スタンドで受け取ったコーヒーを手に持ったまま服部は志保の前の席に座り、「しかし東京は寒いなぁ」と東京とはイントネーションの違う言葉をつぶやきながら背中を丸めた。服部は出張で先ほど東京に着いたらしい。

「わざわざここまで来てもらって悪かったわね」
「いや、時間あるしかまわへんよ。姉ちゃんはここらへんで働いとるん?」
「ええ」
「さよか。何とかっちゅー製薬メーカーの研究職しとるんやろ? 工藤がめっちゃ褒め称えとったで」

 服部の言葉に、志保はコーヒーをごくりと飲み込み、カップをゆっくりとテーブルに置いた。

「…別に。ただの社交辞令じゃない?」
「分かってへんなぁ」

 行儀悪くテーブルに手を突きながら、服部はにやにやと笑う。

「自分らまだ付き合ってへんの?」
「…そもそもそんな関係じゃないわ」

 服部の思いがけない言葉に動揺しながらも、志保は平静を保つ。持ってきた紙袋を手に取った。中には新一が服部から借りたという本が数冊入っていた。推理小説もあれば、大学のレポートの資料になったと思われる本もある。

「はい。これでしょ、工藤君が借りていた本って」
「ああ、すまんすまん。工藤も姉ちゃんのこといいように使っとるなー」
「ほんとね。今度叱っておいて」
「それは姉ちゃんの特権やろ」

 紙袋を受け取った服部は中身を確認しながら笑う。

「そんな関係ちゃうって言うけど、工藤は好きでもない女と数年単位でつるんだりせぇへんって」

 志保は逃げ出したい気分になった。
 好意を感じたことは何度もある。同じ境遇を生きた仲なのだ、嫌いなはずがない。でも彼のそれは恋愛じゃないのだ。自分が彼を束縛できる権利もない。現に彼は志保に何も告げずにアメリカに行ってしまったではないか。

「あれ、俺のんちゃう本が入っとる」

 そうつぶやいた服部が、紙袋の中から一冊の本を取り出し、テーブルの上に置いた。

「すまんけど、それは俺のとちゃうわ。また工藤に返しといてくれへんか?」

 すまなさそうな表情で片手で詫びる服部に、再びなぜ自分が、と思う。そもそも直接彼に会えるのは自分ではない。嘆息しながらその本を見て、一瞬目を疑った。それは昔、志保が一枚の言葉を挟み込んだ本―――コーデリア・グレイが出てくる本だった。
 どきりと心臓が跳ねた。志保は性急にその本を手に取り、ページをめくる。志保らしくないせわしない動きに、服部がぽかんとその様子を眺めているけれど、この際気にしていられない。
 めくれていくページが途中で止まる。そこには見覚えのない封筒が挟まれていた。決して達筆とは言えない字で書かれた宛名は、

 ―――宮野志保様

 裏に目を向ければ、

 ―――工藤新一

 それは思いがけない宝探しの先にある宝物のようだった。