Letters 3-4

 新一が怪訝な顔で志保を見ている。

「工藤君? こんな所で会うなんて奇遇ね」

 見知った顔に出会えてほっとする志保に対し、新一の表情は不機嫌そうに固まっている。はっと思い、隣を見るとこれまで饒舌だった製薬会社の営業マンも黙って新一を見て立っている。
 志保は知り合いに会ったので、と適当に挨拶をし、歩いて新一に近付いた。

「工藤君、どうしたの?」
「今の、誰?」
「誰って…。親会社の営業さん。この前から言っている薬品の臨床試験のことで一緒に大学病院に行っていたのよ」

 そこまで言うと、新一はようやく納得したように少しだけ表情を動かしたが、不機嫌を直してくれない。

「あなたは仕事の帰り? 事務所に戻るの?」
「ああ…」
「そう。私も研究所に戻るから、またね」

 なぜ自分がこんなに気を使わないといけないのか。何か言いたそうにしている新一に気付きながらも、少しイライラしていたので気付かないふりをして手を振ってホームを歩いた。別のホームに行って電車を乗り換える。
 まるで嫉妬されているみたいだ、と志保は思った。でも自惚れてはいけない。



 新一を好きだと思った瞬間に思考を持っていくには、気が遠くなるほど過去に遡らなければならない。語りたくない過去の中でも、その時間だけはあたたかい温度で今でも志保の胸の中で息づいている。
 人の温かさも恋心も平穏な生活も全てその時間が教えてくれた。そしてその中には知りたくもなかった小さな嫉妬心も伴っていた。
 恋を知った瞬間、叶わないと分かっていたのだからお笑いだ。それでも止められない想いがあることを知った。まだ幼い顔をした彼の瞳が見つめる先は自分じゃない。痛いほどそれを隣で感じていたのだ。
 もし新一が幼児化せずにそのまま変わらず生活をしていたら、今頃違う未来を迎えていたのだろうか。そう思うと、悪夢を見たときのように動悸が鳴りやまない。
 新一を好きだと思えば思うほど、その罪は大きく志保に圧し掛かった。



 それから三週間、新一から連絡が入ることはなかった。一週間に一度くらいは会っていたような気がするので、拍子抜けしてしまう。
 こうして考えてみると、新一以外の友人と呼べる人間が他にいないことを改めて志保は思い知る。最初からそういう存在を求めていなかったのだから仕方がない。それに新一に再会するまでの四年間は、本当に一人きりで生きてきたのに、新一と一緒にいることが当たり前になってしまった自分に呆れた。
 十二月に入り、冷えゆく気温と反比例して街のムードが一気に明るくなった。
 志保は厚手のコートをまとっていつものように帰宅し、冷蔵庫にある前日に作ったシチューを電子レンジで温める。午後十時。テレビをつければ連続ドラマかニュースしかやっておらず、どちらも見る気分ではないので結局テレビを消して、雑誌を眺めながらシチューを口に含んだ。冷たい身体に温かさが沁み渡る。
 シチューを食べ終えて台所に皿を運んでいると、携帯電話が机の上で震えた。
 志保は携帯を取る。着信相手に眉をしかめた。

「もしもし、工藤君?」

 久しぶりだと思う。あまり電話に慣れていないせいか、少しだけ緊張して声が上ずってしまった。