阿笠博士様
拝啓
普段も頻繁には会っていないのに、物理的な距離が出来ただけでお元気ですかと書いてしまいたくなります。
博士、お元気ですか?
工藤君とロンドンに来て二日が経ちました。
明日は私のお母さんに縁のある場所に行きます。
ロンドンと言えばスモッグを連想させるけれど、それを感じさせないくらい今日は空気が澄んでいて、空が青かったわ。
いつかまた、博士とも旅行をしたいですね。
かしこ
追伸、ヘルシーなお土産を買って帰るわね。
宮野志保
新婚旅行先で泊まっているホテルの部屋の一室にある、テーブルに広げられたままの便箋を読み、新一は思わず頬を緩めた。それを書いた当の本人は窓際でぼんやりと外を見つめている。
「志保」
便箋をテーブルの上に戻し、新一は志保に近付いた。志保はゆっくりと振り返る。
「おまえ、手紙になると素直で可愛いのな」
「あら、普段は素直じゃなくて可愛くないってことかしら」
いつもの調子で志保は挑発的に笑い、そんな志保をも可愛く思っても今更新一は口に出せずにいる。代わりに志保を抱きしめた。
「…工藤君、まだ髪が濡れているわよ」
志保の指が風呂上がりの新一の髪の毛に触れる。そのくすぐったさが心地よい。
窓の外にはロンドンの夜の光景が広がっていて、街の光がぼんやりと鈍く浮かんでとても綺麗だ。
志保には全て見透かされていると新一は思う。自分の弱さも、滑稽さも。そんな彼女に寄り添っている内に、まるでパズルのピースがぴたりと当てはまるように彼女と一緒にいることが自然になった。今思えば、コナンと哀として過ごした頃も同じだった。
幼い頃に想像した恋とは違うかもしれない。でも一緒にいることでこれまで感じたことのない幸せを得ることが出来た。
Don’t forget.
彼女の言葉通り、世間を偽った時間とその罪と、温かい思い出を抱えながら生きていく。
「志保が乾かしてよ」
新一が甘えるように志保にすがると、志保は仕方ないわね、と微笑む。その一つ一つの表情が嬉しくて幸せで、新一は志保にキスを落とした。
fin.
NEXT⇒あとがき