年末の冬休み前に、コナンの母親と阿笠博士が学校に呼び出された。正確には、コナンの母親に扮した工藤有希子と阿笠博士、だ。
学校では教師から厳重に注意を受け、保護者からもよく子供の監督をみるように伝えられたという。特に有希子に至っては、できれば日本でコナンと一緒に暮らせないのかと問われたが、そこは曖昧に誤魔化したらしい。
「私は日本で暮らしてもいいのよ? 新ちゃんと一緒に暮らすのだって悪くないけど、でも二人の仲を邪魔したくないもの」
さすが有名女優でありながら二十歳で電撃結婚をしただけあって、この状況の事もどこか楽しんでいる節がある。そもそもコナンと哀だって実年齢はとうに成人を超えているのだ。だからこそ、阿笠博士もコナンと哀に関しては何も言わず、見守っていてくれる。学校の教師にも適当に相槌を打ち、改善点についても曖昧な返事で濁したそうだ。
一緒に進路指導室に呼び出されていた哀は保護者である博士と一緒に帰った為、コナンは久しぶりに有希子と二人で喫茶店に寄った。子供の頃からよく有希子に連れて来てもらった場所で、コナンはブレンドコーヒーを注文する。
「噂は聞いているわよ。新ちゃんは相変わらず事件が恋人みたいって」
「何だよ、その噂」
「警視庁の方々から」
語尾にハートマークをつけたような甘い言い方に、コナンは苦笑する。江戸川文代に扮している彼女は決して絶世の美女ではないはずなのに、オーラが隠し切れていない。
「やっぱり優作に似て、新ちゃんは賢いわね。そして相変わらず幼い顔して可愛いけれど、男っぽくなったわ。哀ちゃんのおかげかしらー?」
そう笑って、有希子は華奢な指でカップを持って、コナンと同じコーヒーを飲んだ。
「新ちゃんはコナンちゃんとしての人生で、色々思うところがあるかもしれないけれど、もっと肩の力を抜いて生きていいのよ。あと二年もすれば、工藤新一としての人生を超えるわ。あなたの好きに生きていいのよ」
見た目は短い黒髪に古臭い眼鏡で冴えない中年女の姿でも、有希子の声は透き通っていながらも説得力を含んでいて、間違いなく新一の、そしてコナンの母親だった。自分は恵まれている事を改めて実感し、ありがとう、とコナンは言う。
そして、翌日にはアメリカに戻るという有希子は、泊まっているホテルへと帰って行った。あくまでコナンと哀の生活には干渉しないようだった。
冬休みに入ってもコナンと哀の生活は変わらなかった。学校が休みになった為、哀は時々博士の家を訪ねているようだったが、それ以外のほとんどはコナンと、そして宿題をしにやって来る少年探偵団と共に過ごした。
電話が鳴ったのは、今年もあと三日を残す日の夜だった。
『おう、工藤、元気にしとるか?』
受話器から聞こえてきた声に、コナンは思わずスマートフォンを落としそうになった。元気にしとるか、はこっちのセリフだった。
「……服部。おまえは元気そうだな」
『おう。こっちは寒いけど、東京の方が寒そうやな』
コナンはソファーに座り直し、キッチンを覗く。そこでは哀がいつもと変わらず夕食を作っていた。
「それで? おまえがわざわざ俺に電話してきたってことは、さぞかし喜ばしい報告があるんだろ?」
『そないな言い方すんなや。あ、ちなみに式は十月に挙げる事になったわ』
浮わついた服部に嘆息しながら、おめでとう、とコナンはつぶやいた。高校時代から付き合っている彼女へのプロポーズはどうやら無事に受け入れられたらしい。以前コナンに結婚する表明をしたのが夏の終わり。時間が経っているのは単に服部が忙しいからという理由だけではないだろう。
それから服部は、最近の仕事の出来事を話し、そうしているうちに夕食の準備が整うのが見えたのでコナンから電話を切る事になった。
「ご飯出来たわよ」
ダイニングテーブルには、温かそうなシチューが湯気を立てている。コナンは残りの食器をキッチンから運び、哀と一緒に席についた。
「服部、結婚するってさ」
スプーンでシチューを掬いながらコナンが言うと、哀が、そう、とつぶやいた。
「よかったじゃない。彼女も安心するわね。服部君は激務なんでしょう?」
「ああ、そーだな」
「式はもう決まってるの?」
「来年の…十月って言ってたかな」
ダイニングキッチンはリビングよりも暖房の効きが悪く、足元が冷える。
「式には出席するの?」
何でもないように哀が訊ねる。コナンは薄く笑い、ティーカップに注がれた温かい麦茶を飲み込んだ。
「まさか。招待されるわけないよ」
コナンの返事に哀が眉をひそめた事にコナンは気付いたが、見なかったふりをした。