幕間4-2

「――灰原に会った?」

 復唱するようにつぶやきながら、歩美の目の前で元太が目をまんまると見開いた。大食いで早食いのはずの元太の、ハンバーガーを持った手が止まっている事に歩美は小さく笑って、うなずいた。

「うん。夏休みの終わりごろに、会いに行ったの」
「あいつ、今どこにいんだよ?」

 元太の問いに、歩美は説明をする。海外の高校大学を飛び級で卒業し、現在は東京から離れた地方都市で働いているという事。それを聞いた元太は感心したようにうなずき、再びハンバーガをかじりつく。

「そっか、海外に行ってたのか…。確かにあいつ、ハーフっぽい顔してたもんな」

 元気そうだったか? と無邪気に笑う元太は、やっぱり綺麗な心を持っていると歩美は思う。そういう元太に惹かれた事があったのも本当だ。すべてが過去のものとなってしまったけれど。

「うん、元気そうだった。やりたい仕事をちゃんとしてたよ」

 ガラス張りの窓から差し込む日差しは、すっかり柔らかく冬のものとなってしまった。歩美は頬杖をついて窓の外を眺める。平日の夕方、駅前のハンバーガーショップの外には制服を着た高校生や中学生が多く歩いている。いつかの自分達の姿だった。
 春になれば就職活動が本格的にスタートする。夏から始めている自己分析や企業分析には、もう飽き飽きしていた。自分のことすら自分でも掴めないのに、自分が何になれるかなんて分かるわけがなかった。

「コナンは、それを知ってるのか?」

 最後の一口を飲み込んだ元太が、静かに訊ねる。哀が姿を消した時、コナンの傍にいたのは元太だった。歩美は首を横に振り、紙コップに入っているオレンジジュースを口に含んだ。
 名探偵のコナンのことだから、歩美が言わなくても知っているかもしれない。ただコナンがそれを望んでいるのかどうか、歩美には知る由もなかった。
 大学の夏休みが終わる九月、五年ぶりに会った哀は相変わらず背筋が伸びていて、とても綺麗だった。どうしてコナン君を置いて行ったの。行きの電車の中で考えていた言葉は、その聡明な姿を見て消え失せてしまった。
 歩美がオレンジジュースを飲み切ったのを皮切りに、どちらともなく席を立ってコートを羽織る。もう冬至も近く、日の入りも早くなった。西日が今日最後の光として世界を照らす。

「オレ、最近光彦にもコナンにも会えてないんだけど。でも歩美に会えてよかった。就活の話もできたしな」

 光を浴びるようにして元太は昔から言葉をまっすぐに吐きだす。そこに嘘はなく、裏もない。だから好きだった。だから駄目だった。

「元太君」

 歩美が呼ぶと、横を歩いていた元太が振り向く。コナンよりも高い身長だけど、元太は歩美の言葉を逃がさないように少し屈んで耳を近付けてくれる。

「なんだ?」
「もし…、もしも哀ちゃんが東京に戻ってきたら…、コナン君はどうなるの?」

 高校生の頃のコナンは、何かを振り切るような生活を送っていた。それを心配した光彦と口論になり、二人はしばらくの間口を利かなかった事もあった。今となれば些細な喧嘩だと思うけれど、それだけ灰原哀という人間は少年探偵団の中でキーパーソンでもあり、恐るべき存在だった。

「どうにもならないと思うぜ?」

 複雑な歩美の心境を知ってもなお、あっけらかんと元太が言い放つ。

「それはコナンや灰原が決めることで、オレ達が心配することじゃねーよ」

 そう言い、颯爽と歩く元太を見て、歩美は唇を噛む。でも元太君…。セリフの続きは声にならない。――あの時、哀ちゃんがいなくなった時、私は哀ちゃんを忘れようと思ったの。大好きな親友を失って悲しくて、やつれていくコナン君を見ていられなくて恨んで、哀ちゃんがいない世界を信じようとしたんだよ。
 言えるはずもない本心を隠して、歩美も米花町へと帰る為に元太と同じ電車に乗る。きっと元太はこんなに禍々しい感情を知らない。知らないままでいいのだ。コナンにも光彦にもないまっさらな純白そのものが、元太なのだから。