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 冷蔵庫にある食材で食事を準備すると、新一は想像以上に歓喜に満ちた表情を見せ、和食は久しぶりだと喜んで食事を平らげた。
 食事の片づけが済んだ後、志保がシャワーを浴びてリビングのドアを開けると、先にシャワーを浴び終わっている新一が電話をしているところだった。

「うん…、うん、分かってるって」

 一言二言、電話の相手と話した後、スマートフォンを持ったまま新一はソファーの上で深くため息をつく。

「電話、もしかしたら有希子さんから?」

 白いタオルで髪の毛を拭きながらリビングに入ると、新一がゆっくりと志保を見た。

「ああ。ここにいることがばれちまった」
「心配していたんじゃない? 有希子さんも今日帰国したんでしょ? マスコミは大丈夫なの?」
「んー、ほとぼりが冷めるまで仕方ねーのかなぁ」

 ソファーの背もたれに全身を預けるようにして、新一はスマートフォンを操作する。新一はいわゆるエゴサーチをよくしていて、自身に対して否定的なコメントを見る度に落ち込んでいる。志保から見たらバカバカしい行為に見えるが、情報を集めたがる新一にとっては必要なことなのかもしれない。

「念の為に聞くけれど」

 志保は、部屋着であるロングワンピースの裾に気をつけながら、新一の隣に座った。

「その報道の後で、毛利さんとは連絡とったの?」

 志保の問いに、新一はゆっくりと志保に顔を向ける。

「とってねーよ。っていうか、とれるわけがない」
「でも……、付き合っているんでしょ?」

 昼間から付けっぱなしにしている空調の音だけが響くなか、新一が息を飲み込んだ気配がした。

「あんなのガセネタだよ」

 志保を見つける新一の瞳には、わずかに失望が濁っていた。

「俺は、蘭と付き合っていながらおまえの部屋に寝泊まりするような男に見えるのか?」

 まさかの否定に、志保は視線を迷わせる。

「でも、じゃあ……、あの報道って」
「大人の事情ってやつだ。蘭の事務所はでかいし、俺達がいいなりになっただけ」

 何でもない事のようにつぶやく新一は、確実に傷を負っていた。工藤新一の初めてのスキャンダル。事実でもないことが世間を騒がせ、まるで真実のように報道されていた。

「ごめんなさい……」

 志保がつぶやくと、新一はふっと笑い、志保の濡れた髪の毛に触れた。

「なんでおまえが謝るんだよ」
「だって…、あなたの言葉を聞かずに、報道を信じたわ」
「いーよ。俺も八つ当たりして悪かった」

 そう言った新一は、志保の肩に頭を預けるように寄りかかった。普段志保が使っているシャンプーと同じ香りのする髪の毛に、志保は心臓の音が新一に聞かれていないか恐れる。
 初めての恋は、江戸川コナンの格好をした彼だった。今抱く感情は、あの頃と同じものだろうか。自分は傷ついた彼を好きなわけではない。

「それに…、俺もおまえの事を試した」
「試したって……?」
「赤井さんの名前を出して、おまえの反応を伺った。……俺達は、お互いの事を知らなさすぎるよな」

 顔をあげた新一が、再び志保を見る。先ほど、初めて志保が姉について語った時と同じように、新一は指で志保の髪を梳き、頬に触れた。指先が湿っていたのは志保の髪の毛が濡れたままだからだ。
 近付いた二人の間に重く沈黙がのしかかる。深入りする事に恐れを抱くのは、職業柄だろうか。志保が言葉を選び迷っていると、新一の顔が近付いた。志保は目を閉じるのも忘れ、ただ唇に熱を感じる。
 プライベートでの、二度目のキスだった。一度目とは違い、一瞬で終わらない熱に、志保は思わず両手で新一にしがみつく。すると、一瞬目を見開いた新一が、顔の角度を変えて、舌で志保の唇を突き、口付けが深くなる。

「く…どう、くん……」

 気付いたらソファーに身体ごと倒されていた事に気付き、キスの合間にようやく志保が声を出すと、はっと我に返ったように新一が顔を離した。
 気まずさを残したまま、二人でソファーの上に座り直す。何を言えばいいのか分からず、ソファーの上に正座をしたまま志保が黙っていると、新一がおずおずと口を開いた。

「俺は、宮野の事が好きなんだ」

 まっすぐに向けられる視線。でもそこに宿るはずの意思はひどく弱いものに見えた。