サマータイムが導入されている七月のロサンゼルスの夜明けは、むしろ日本よりも遅い。それでも目が覚めた時にはすでに窓の外が明るく、ベッドから降りた足で新一は窓のカーテンを開ける。泊まっているホテルから見える朝の景色は、夜とは違って現実に戻されたような感覚に陥る。
枕元のデジタル時計を見ると午前六時半を示していた。スマートフォンで日本のニュースを確認する。今もまだ工藤新一の熱愛報道は内容を変えながらもトップページを飾っていた。――毛利蘭さん所属の事務所に確認しましたところ、プライベートに関しては本人に任せているとの事です。また、工藤新一さんは海外で撮影中の為、事務所からのコメントはありません。
持っていたスマートフォンをベッドに放り投げ、シャワールームへと入った。備え付けられた楕円の形をした鏡が新一を写す。
――君はまだ、本当の恋を知らない。
鏡に映った自分自身を殴りたくなる衝動を抑えた。
午前中から車で海岸へと移動し、そこで撮影が行われた。
空の真ん中にのぼった太陽との共演。野外の場合は早朝から撮影が行われる事が多いが、今回はプライベートビーチを借りる事ができたとの事で、真っ昼間に夏の景色を背景とした絵を撮る事ができそうだと有希子は上機嫌だった。それにしてもロサンゼルスでプライベートビーチを借りるだなんてどれだけの経費を落としたのだろうと、新一は呆れながらポージングを繰り返す。
写真を撮られる事はあまり得意ではない。あくまで自分は俳優であり、役の中に入り込むことで人間を体現できるのだ。自分自身にカメラを向けられると、全身が緊張で震えた。
子役をやっていた蘭が雑誌モデルに転身した事を、心から尊敬している。
昨日と同じように、現場には英語が飛び交う。新一は指示をされたように海を見つめる。日本の海との違いを探そうとするけれど、そういえばもう何年も日本の海を見ていない気がした。
時折テントの張られた中で、撮影したばかりの何十枚何百枚にものぼる写真をモニターで確認し、再度衣装を変えて撮影となる。
「新ちゃん、お疲れ様」
有希子から冷たく湿ったタオルを受け取りながら新一は時計を確認する。気付けばもう午後八時になっていた。空の明るさを見て新一は深く息をつく。ロサンゼルスでは時間感覚が麻痺しそうだ。
「母さん、今夜の予定は? もう締切前の父さんを呼び出すなんて事はねーよな」
タオルで額の汗を拭きながら新一がつぶやくと、有希子は意味ありげに微笑んだ。
「新ちゃん、ブロードウェイに興味ない?」
「興味って…? 俺、歌ダメなの知ってるよな」
「馬鹿ねぇ。出演の話じゃないわよ」
高らかに笑う有希子を横目にロケバスに乗り込むと、車内の奥から喉を噛み殺したような笑い声が聞こえ、新一は顔をあげた。
「歌を歌えないだなんて、相変わらずだな、ボウヤ」
衣装が並んだ横に、所狭しと高身長の身体を折るような姿勢で座った男がアンニュイに笑う。この暑さの中でもニット帽を被っている姿は相変わらずだった。
「赤井さん…」
新一が持っていたタオルを落としそうになるのを、赤井秀一は長い腕を伸ばしてさっと受け取った。