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 バラエティ番組にも台本が存在する。しかしそれは舞台やドラマのものとは大違いだ。楽屋でヘアメイクのセットを終えた志保は、楽屋の挨拶まわりをする。司会を務めるタレントに挨拶をする為、楽屋を訪れた。

「おはようございます。おじゃまします」
「わぁ、ハジメマシテー!!」

 ドアから顔を出したのは、若くしてゴールデンタイムのバラエティー番組を持つ、人気タレントだった。

「黒羽快斗でーす。なーに、わざわざ挨拶に来てくれたの?」
「はい、宮野志保です。よろしくお願いします」

 志保が頭をさげると、快斗は陽気そうに笑った。まだ着替えていないのだろう、白シャツにジーンズというラフな格好が尚更顔立ちの良さを引き立てていた。工藤新一と似ていると巷では言われているけれど、纏っている雰囲気が全く違う。

「ねぇ志保ちゃんって、以前どこかで会った事ある?」
「え……?」
「なんつって。冗談だよ、口説き文句のひとつじゃーん。志保ちゃん美人だから警戒したほうがいいよ。何歳だっけ?」
「十八歳です」
「そっか、俺や工藤より一コ上なんだ。後で台本合わせするからよろしくね、オネーサン!」

 テンポよく軽快に笑う快斗に促されるように、志保は廊下を出た。黒羽快斗、十七歳。マジックの才能も持ち、マルチタレントとして活躍をしている彼の今の地位は、きっと生半可な努力では手に入れられないのだろう。今日の収録を不安に思いながら、自分の楽屋へと向かう。テレビ局の廊下の作りは複雑で、迷路のようだ。



 カラフルなスタジオのセットの中で、観客の熱気が籠っている。

「それでは登場してもらいます! 工藤新一さんと、宮野志保さんでーす!!」

 先ほど会った時とは別の雰囲気で、タキシードを羽織った快斗がカメラに向かって言い放ち、途端にカーテンが開いて志保は新一の隣を歩きながら中央カメラの前へと歩いた。きゃあ、と観客席から黄色い声を全身に浴びる。

「よろしくお願いしまーす。工藤君、久しぶりの登場だね」
「一年ぶりです。よろしくお願いします」
「そして宮野志保さん、初登場です。どうですか?」
「はい、上手く話せるか、とても緊張しています」

 いわゆる番組宣伝でのバラエティ出演なのだ、アキコに似せて志保は笑う。
 快斗に促されるまま二人で並んだソファーに座り、再び収録の合図が入る。

「それでは、番組初めにいつもの質問タイム!」

 台本通りに快斗が赤いフリップを取り出し、マジックを披露するかのように指を鳴らし、紙をめくった。

「芸能界に入ったきっかけをお聞きしましょう。まずは工藤君、十七歳にして芸歴十七年のベテラン俳優ですが、きっかけは何だったんでしょう?」
「この質問、俺に聞く? 芸能界入りは0歳だよ、俺」

 新一のセリフに観客から笑い声が沸く。

「ぶっちゃけた話、工藤って、物心ついてから自分は芸能人だなぁって実感したのって何歳くらいなの?」
「そうだなぁ、二歳くらい?」
「早っ! え、そんな小さい頃から物心ってついているもんだっけ?」
「どうなんだろう…。宮野は何歳くらいから物心ついてた?」
「え…?」

 台本にないアドリブに、志保は慌てて体勢を整える。

「二、三歳くらい、ですかね…?」
「えー? 宮野ちゃんも早いよ! 俺なんて小学生くらいからしか記憶ないんだけど!」

 快斗の言葉に再びどっと笑いが起こるが、それは絶対に嘘だと何の根拠もないのに志保は思う。

「さて、そして番組初登場の宮野志保さん。今回工藤君が出演する『ムーンライト』でドラマ初出演となるわけですが、元々劇団で活動されていたみたいですね」
「はい、移動劇団に子供の頃から所属していて。全国を転々としていました」

 志保が話す横で、新一が興味深そうにこちらを見たのが分かったが、志保は気付かないふりをする。撮影の合間に好きな本の話や映画の話をしてきたが、自分達の過去の話をした事は一度もない。する必要がなかった。

「今はその劇団は…」
「あ、今はもうないんですけれど。それで、今の事務所とのご縁で、女優のお仕事をさせて頂いています」



 薄暗いスタジオの中で、スタッフが片付けをしている中、志保は快斗に挨拶に行く。

「お疲れ様でした。ありがとうございました」
「志保ちゃん、よかったよー。美人だけどけっこう天然? そういうキャラで売り出し中?」

 返答に困って志保が首をかしげていると、ポンと肩を叩かれた。

「黒羽、あんまり宮野に絡まないでやって。まだピュアなままだから」
「えー、だって俺、可愛い女の子大好きだもん」
「おまえはそういうことばっかり言ってると、また変な記事書かれるぞ」

 そして黒羽快斗と工藤新一は同級生でもあり仲がよいというのも有名な話だった。

「でもさ、志保ちゃんと工藤ってコイビト役なんだろ? ちょっとぎこちないんじゃない?」
「そういうわけでは……」

 志保が慌てて否定すると、新一が志保の肩を組み、強気に快斗を見据えた。

「俺達、まだキスもしていないんで、微妙な時期なんだ」
「ちょっ…、工藤君!?」

 赤くなる志保をお構いなしに、快斗はケラケラと笑い、この場は治まった。
 志保はまだこの業界の空気に溶け込んでいない。黒羽快斗との会話は弾んで明るい空気が流れているが、それでも志保にとっては難しくて、そんな志保を新一は助けてくれたのかと思った。だけど結局演技がかった新一の冗談にもついていけない。やっぱりテレビの仕事は向いていない。
 楽屋に向かう途中、重くため息をついていると、

「宮野」

 先ほどと雰囲気を変えた新一が、志保に厳しい目を向けてくる。

「あのさ、俺の恋人役、そんなに嫌か?」
「そういうわけじゃない。でも、あなたの言う通り、慣れてないのよ…」

 幼い頃から演技はしてきたし、どんな役もできるものだと思っていた。正義に満ち溢れた役も、禍々しい感情に捕われた悪役もこなしてきた。だけど、普通のアルバイト講師が年下の生徒に翻弄されるという、安いドラマにありそうな役がこんなに難しいとは思っていなかった。

「慣れてないって…、恋愛モノが? おまえ、恋愛モノの映画の話はいっさいしてなかったもんな」
「あなたは慣れているの?」
「だって仕事だろ?」

 新一は衣装のパンツのポケットに両手を突っ込みながら、薄く笑う。イケメン俳優ともてはやされる新一が、キスシーンの一つや二つで戸惑うわけがなかった。