新一の声に、毛布を被って警官に支えられる様にして歩いていた志保が顔をあげた。首元には新一が昨夜手渡したネックレスがきらりと光っている。
「志保…」
どこにこんな力が残っていたのかというくらいのスピードで走った新一は志保に近付き、肩で息をしながら志保の前に立った。身体ごと抱え込むように毛布を両手で掴む志保がじっと新一を見つめる。
「…工藤君」
そのかすれた声に眩暈を覚え、衝動的に新一は警官から奪い取るように志保を抱きしめた。
「ごめん…」
言葉じゃ足りない。許されるはずがない。たった数秒前まで志保に会わずにいようとしていた自分が嘘のように、毛布ごと彼女を包む腕は強くなる。
新一の腕の中で志保は恐る恐る小さく息を吐きだし、そのまま新一の肩に顔を押し付けるようにして震えた。肩に生ぬるい温かさが伝わる。志保が泣いている事に気づいた。
「怪我はないか?」
新一の問いかけに、志保は顔を押し付けたままうなずく。
「何も、されてねーな…?」
喉の奥から得体のしれない物がごろりと出てきたような声に、志保はただうなずく。新一は大きく息を吐き、志保の柔らかい髪の毛に指を通した。
「すぐに助けに来なくて、悪かった」
「違う…」
ようやく志保は声を出した。
「私が勝手にやったことで、結局あなたを巻き込んでしまったの。ごめんなさい…。ただの、あんな薬の為に、ごめんなさい、ごめんなさい…」
「あんな薬なんて言うな」
自分を責め続けるようにつぶやく志保を叱るように、新一は志保の耳元に唇を寄せる。
「おまえが作ったものは確かに人を救うものだよ」
志保の耳元で言うと、志保は更に涙を流し、嗚咽を漏らした。赤ん坊をあやすように志保の背中を撫でながら、そういえばここが公共の場で、野次馬や顔見知りの刑事がいた事を思い出す。だからと言って彼女を離すわけにはいかない。
ふと視線をあげると、同じように毛布をかぶったヒトミと目が合った。店の雰囲気とはまるで違う、疲労感をあらわにしたヒトミが新一に軽く会釈をしたのを見て、新一も軽く目配せをした後、再び志保に視線を落とす。
毛布の下の志保の服装は、昨夜に見た部屋着のままで、この蒸し暑い季節でも寒々しく思えた。
泣き続ける彼女から、彼女の感情が伝わって来る。今も自信なんてない。いつだって間違いを犯してしまう自分が、また彼女を傷つけないとは言い切れない。今のように。
大人になるということは何かを失うことなのかもしれない。時間とともに失い続けながら、それでも彼女の傍にいたいと思った。彼女がこうして泣く時には抱きしめてあげられる距離で、彼女を守りたいと思った。
「工藤探偵」
横から顔見知りの刑事が新一を呼ぶ。
「その人は…?」
「僕の恋人です。申し訳ないのですが、彼女は非常に疲れている。事情聴取はまた後日でもよろしいですか?」
新一の言葉に驚愕したのは、刑事よりもむしろ志保のほうだった。突然新一から離れようと暴れ出す。
「ちょ、ちょっと…、突然何を言うの?」
焦りすら見える志保の声に、新一も眉をしかめる。
「おまえこそ、何言ってんだよ。――好きだって言っただろ」
「だって、あんなの…」
真っ赤な目で新一を睨みつける志保のその表情すら愛しい。
「志保」
志保の顔を覗き込むように、新一は微笑む。
「一緒に帰ろう」
涙でべとべとになった白い頬に指をなぞらせる。何かを言いたげに口をぱくぱくと動かしていた志保が、諦めたのか、黙り込んで再び新一の肩に顔をうずめた。
彼女が素直じゃない事は昔から知っている。懐かしさすら覚えて、とうの昔に失ったと思っていた感情が、新一の心臓を刺した。